日別アーカイブ: 2018/03/15

お見舞い

3/12月、朝起きると青森の姉からLINEが。おじいちゃんの容態が悪化、予断を許さない状況のよう。いろいろと考えるがとりあえずいつもの朝の支度をしていると、少し落ち着いたと連絡があり、何もなければすぐに飛んでいくが、少し落ち着いたという状況を考えて、仕事を片付けてから青森に帰ることにした。妻と娘には事情を話して自宅留守番してもらい、新幹線で夕方仙台を出発。

行きの新幹線でいろいろと考えた。容態は安定していて無事に会えたとしても、これが最後になるかも知れない。最後におじいちゃんにできることは何があるだろう…。と、考えてみるものの、なんだ最後って。いや、これはお見舞い。おじいちゃん具合悪くなったっていうから、元気だしてもらおうと思って顔見に来たよって。それでいいじゃないか。

そうは思いつつも気は逸る。19:30頃新青森駅に着くと、タクシーに乗って病院まで。運転手のおじさんと、家族のことを話したりした。たまたまだけど、その運転手のおじさんも僕の実家の海に若い頃遊びに来ていたとか話してくれて妙な縁を感じたが、タクシー代は負けてくれなかった。

病室に向かう一歩一歩が緊張した。どんな状態なのか。想像の上か下か、とにかく自分の感情だけが一人走りして不安を増長する。

恐る恐る病室に足を踏み入れると、母と叔母さんのほっとしたような顔に迎えられ、ベッドに横たわるおじいちゃんを見た。事前に僕が来ると聞かされてはいただろうけど、やはり来た瞬間に、おう来てくれたかという感じにすぐにこちらを見て反応してくれた。

今朝聞いた限りだと、会話とか、反応とか、全然そういうのもできないんじゃないかと勝手に思っていただけに、拍子抜けするくらいに、いつものおじいちゃんだった。あちこち管が刺さっているし、痩せこけて、入れ歯もないからさすがに衰弱した感じは否めないけど、目を見て会話ができたし、握手をすると、ぐっと力を入れて握り返してくれた。

「いまどういう仕事してるんだ?」と聞かれたのには驚いた。いつも仕事のリュックに常備しているポートフォリオを見せて、こんなんやってるんだと見せてあげた。どんなものか、うまく伝わったかは分からないけど、真剣に見てくれて素直に嬉しかった。

本当に、思ったよりもずっと元気で、いやそれは元気に振る舞ってくれていたのかも知れないけど、元気な姿にほっとした。だからこそ1時間ほど滞在して、「またね」と病室を後にできたし、それは当初勝手に思い込んでいた別れとはまったく違って、再会を誓う当たり前のさようならの挨拶を交わせたと思っている。

事実としては、衰弱しているし、長くないというのは間違いないだろう。それでも、しっかりと意思をもって生きるおじいちゃんの存在を確かに感じた。

自然の摂理には誰も抗うことはできない。別れは必ずやってくる。段階を踏んで、少しずつ旅の準備をしていくんだろう。

自分がこうしている瞬間に、どう過ごしているんだろうと考える。でも、痛みや悲しみを共有することはできない。それぞれが自立した一人の人間同士だ。おじいちゃんだって、人生における初めての経験に立ち向かっている。僕はそれを、どう見届けるのか。敬意をもってその尊厳を見守ってあげたいと思う。